弘宝日記 2004年8月
コシヒカリの産直中西農場 8月31日(火)
 今日で、8月も終わり。隣の津幡町の石川県森林公園で大昆虫展というのが今日まで開催されているので、弘彦に「行くか」と聞いたところ、「もちろん」と答えたので、早速行ってみた。さすがに平日なので人影もまばら。ヘラクレスオオカブトなどのカブトムシ、クワガタ、蝶がいっぱい展示してあった。なかでもカブトムシとクワガタをじかに触れることができる部屋があり、入ってみるとなんと200匹ぐらいもいるではないか。弘彦はもうおおはしゃぎで、手にとって木にぶら下げたり、カブトムシどうしを喧嘩させたりして、そこから出ようと言わない。しかし、このカブトムシこれからどうするのだろう。
8月30日(月)晴
 クローラー破損
 次の田は、土が柔らかく、コンバインがハマりそうになった。なんとかしのいでいたが、次に曲がろうとしたところで、コンバインがハマって動かなくなった。よく見るとクローラーが破損している。これでは動かないはずだ。結局、稲刈りは中断。仕方なく家へ帰り、今夜から台風16号が来るのにどうしようと悩んでいると、父が近所からコンバインを借りてきた。使い慣れないので多少の不安はあるがこの際やってしまおうと決意。
 いざ使ってみると、順調順調。やはり、基本は同じなのである。というわけで、午後3時にめでたく「ゆめむみづほ」刈り取り終了。ほっと一息。しかし今夜台風16号が接近する。弘宝米ができるだけ倒伏しないように祈るだけである。
8月29日(日)晴
 稲刈り始まる
 早稲「ゆめみづほ」の稲刈りが始まった。やはり、初日というのは緊張するもの。今日は、少し離れたところにある田に行くため、コンバインを荷台につけて、トラクターで運んだ。コンバインでアスファルトの上を長く走行すると、ゴム製のクローラーが磨耗してしまうためである。クローラーを交換すると60万円もするらしい。とはいっても、コンバインを乗せる荷台も30万円したので、どちらが良いのかわからない。

 というわけで、いざ出陣。田へ到着。

 コンバインを操作するのは父。これは譲れないらしい。

 私には、田んぼの隅を鎌で刈るという重労働がまっている。コンバインは隅を刈ることができないので、ここは手で刈り、あとでコンバインを使って手で脱穀する。隅はコンバインが曲がりやすいように縦長に刈り取りとる。ひとつの隅に60株ぐらい手で刈る。小さい田でも大きい田でも隅を刈り取る株数は同じ、田が小さいとほとんど手で刈ったような感じになり、何かむなしい。
  
 さあ、稲刈り開始。バタバタバタ。ジャー。ん。脱穀して後方に落ちてきたわらの中にモミがたくさん混じっている。
 これじゃあ田に米を捨てているようなもの。父と相談し、刈り取り位置を下げることで合意。再挑戦。う〜ん今度はバッチリ。「ゆめみづほ」は、丈が短いため普通に刈ると、うまく脱穀する中に入っていかないようである。

 なんとか順調に進み、コンバインの中がモミでいっぱいになったので、軽トラの荷台の中へ移し替える。

 そこには弘彦の姿が。モミが出ているところを見たいというので、見せてやったが、モミのかゆいトゲトゲが体につき、早速家に帰って風呂に入ったのであった。

 しかし、息子の顔を見ると元気になるもの。よーしがんばろうという気になる。

 なんとか、午前中でこの田を済ませ、次の田へ向かった。

 しかし、そこには予期せぬ出来事が待ち受けているのであった。

 つづく。
8月27日(金)
 今日も、北川尻地区の祭り。2軒はしごしなければならない。1軒目はOさん宅。県内でも有名な方であるが、ゲストは知らない人ばかりなので、早々に次の家へ。今度は5歳年上のIさん。メンバーはいつもと同じ。11時ごろ帰宅。最近、弘彦と遊ぶ時間が少ない。
8月26日(木)
 今日は、北川尻地区の祭り。死のロード再開。北川尻地区は押水町内で2番目に戸数が多く、祭りは2日間続く。獅子舞も勇壮で一見の価値あり。明日もあるため10時ごろに引き上げた。
コシヒカリの産直中西農場 8月25日(水)
 今日は、父と母は親戚の法事、祖母はデイサービスセンター、妻は実家のお手伝い、弘彦は保育所で、久しぶりに家に1人きりだなぁと思っていたところ、弘彦が保育所を休む。たまには一人にしてくれよと思いながらも、まあ仕方ないか。それで何をしているのかというと、ゲームやったり、、ビデオ見たり、あげくには、お父さん遊んでと言いだす始末。お前、それなら保育所行けよという感じ。しかも午後2時ごろ、近所に住んでいるひとつ上の小学生が遊びに来た。どうして弘彦が休みなのを知っているのだろうか。まあ、普段から仲がいいので感が働いたということであろうか。しかし、弘彦がいると仕事に集中できない。明日はちゃんと行けよ。

米貯蔵用冷蔵庫
8月25日(水)晴
 在庫なくなりました
 ある人から、少し米をわけてくれと言われ、確かまだ60kgぐらい在庫があったと思い、いいですよと返事をし、冷蔵庫を確認したところ、全く米がない(写っているのはもち米)。どうも父が知り合いに譲ったらしい。あわててお詫びの電話を入れる。思えば昨年は不作で、くず米が大量に出た。もったいないので、目の荒い選別機にもう一回くず米を通し、出てきた米を自家用として使用した。さすがに、まずいかと思ったが、くず米でもなかなか美味しい。結局、6月ごろまでくず米しか食べれない生活が続き、最近になってようやく平成15年産の本来のコシヒカリを食べることができた。やっぱり本物は違う。粒が大きく噛みごたえがあり、味が格段に違う。いままで食べていたのは何だったのだろうと思った。

作業場の乾燥機
8月24日(火)雨
 稲刈りの準備
 昨日と今日、作業場の掃除等をして稲刈りの準備をする。しかし、あいにくの雨。台風17号の影響であろうか。時々激しく降る。雨が降ると、田がやわらかくなり、コンバインの操作が難しくなる。新聞では「ゆめみずほの刈り取り時期は25日ごろ」と書いてあったので、父にそろそろかと聞いてみると、「まだ用水から水を入れるところが青いし、月末ぐらいやなぁ」とのこと。そういえば8月中に稲刈りしたことなんてめったにない。今年は好天続きだったので早いかと思ったが、昨年より5日ほど早いだけのようだ。加賀地方では20日ぐらいから始まっているのに、能登はやはり寒いのであろう。この雨でコシヒカリの弘宝米の倒伏が他の田でも始まりそうである。どうも、今年のコシヒカリが倒伏しやすいのは、昨年の不作のせいで、稲が肥料分を吸収せず、田に残っているのも原因のひとつらしい。ということは、今年は吸収しすぎたため、来年は肥料分が足りなくなるということか。
8月22日(日)
 今日も体調が悪い。ちょっと汗をかいてすっきりしようと考え、弘彦に「温泉でも行くか」と聞くと、「たまにはいいねぇ」と答えてくれたので、車で10分の距離にある「宝湯」へ行った。ここは正真正銘の温泉(千里浜なぎさ温泉という)。名前はやはり宝達山からとったらしい。色は黄土色でしょっぱい味がする。石油のような?匂いがして湯の花らしきものも浮いている。やはり、色、味、匂いのうちどれか1つぐらいないと、温泉という感じがせず、水道水のようでありがたくない。
 石川県には有名な温泉が多数あり、県の観光キャッチフレーズも「ほっと石川」という。一番近い有名な温泉は七尾市にある「和倉温泉」。「加賀屋」が有名である。湯は無色透明で味はものすごく苦い。加賀の片山津温泉も無色透明でちょっと塩味。山代温泉と山中温泉は無色透明で無味。それぞれの温泉地とも新鮮な魚介類をふんだんに取り入れた料理やサービスは最高である。ほかの温泉いってもこんな料理はなかなか食べれないと思う。ちなみに加賀百万石の金沢にある温泉は真っ黒な温泉が多い。(湯船の底が見えない)石川県は9割の市町村に温泉がある。こんなことからも、いいところに住んでいるなぁと実感してしまう。 
8月21日(土)
 朝起きてすこぶる体調が悪い。そんなに飲んだ覚えはないのだが。完全に二日酔いである。しかし、今日は午前中に親戚の法事があり、夜は門前地区の祭り2カ所招待されている。案の定、法事の後の飲み会で、出来上がってしまった。夕方、姉が嫁いでいる親戚に祭りに行ったが、父は昼間の酒でダウン。私たち夫婦と弘彦の3人で行った。行ってびっくり、ズワイガニが1人に1匹ずつ並んでいる。こんなの初めて。しかし、今日は、もう1カ所招待されているので、その場を1時間ぐらいで切り上げ、F邸へ行った。メンバーは昨日とほとんど同じ。でもFさんの弟が来ていてまたびっくり。彼とは保育所から高校まで同級生。15年ぶりに会うことができて懐かしかった。
 押水町の各地区の祭りに異変が起きている。以前は祭りの日は何月の何日というふうに決まっていたのが、最近では何月の第何土曜日というように、曜日で決めることになったらしい。聞くところによると、青年団員が会社を平日に休みにくくなっているのが原因らしい。しかし、こうなると大変なのが神主さんである。今日も3地区が祭りを行っているのだが、どうやって対処しているのだろうか。
コシヒカリの産直中西農場 8月20日(金)
 いよいよ祭り本番である。今日は夜に友達が来るので、朝から家を掃除するなどして、宴会の準備をした。弘彦もちょっとお手伝い。
 獅子舞は、今年は早く来る年なので、午後2時ぐらいにやってきた。弘彦は獅子舞の時の爆竹の音が嫌だということで、見ないと言う。再来年から獅子舞に参加するのに、こんな根性なしで将来大丈夫かなぁ。
 それよりも、大変だったのが愛犬ちび太、爆竹や花火のの音が大嫌いなため、いつもの家の前ではなく、納屋につないでおいたのだが、やはりパニックに陥ってしまったらしく、肥料の入った袋を爪でゴリゴリやってしまい、袋に穴があき、中身を散乱させてしまった。いつもなら家の前につないでおくのだが、花火の音で混乱し、家の壁をガリガリと爪でけずってしまうため、今回は納屋につないのだが、どうも裏目に出てしまったようだ。仕方なく肥料を別の袋に詰め替え、空気が入らないようにビニールテープで補修した。まったくわがままな割には気が小さいのである。主人に似たのであろうか。
 宴会は7時から開宴。4人が都合のため来られず、13人がほどやってきてくれた。しかし、もう1カ所行かなければならないという人もいて、9時ぐらいには半数が帰ってしまった。赤いシャツの人は中学のピッチャーの先輩Yさん。彼の投げ方をまねしたせいで、カーブが投げれなくなったしまったという苦い経験がある。しかし、そのせいで必殺のシンカーを習得したのも彼のおかげである。
 手前のチェックのシャツの人は前職の先輩Tさん。野球部で全国大会に出場したときの監督。職場で最もすごかった人。
 手前の紺色のシャツの人も中学の野球部の先輩Fさん。JAに勤務している。倒伏した弘宝米のことを相談すると「くず米にしかならんなぁ」とのこと。ショック。「花木やってみるか」とすすめられる。
 あっという間に時間は過ぎ、12時ぐらいでお開きになった。明日は門前地区の祭りである。「死のロード」が始まった。
コシヒカリの産直中西農場
コシヒカリの産直中西農場
8月20日(金)晴
 あえなく全滅
 台風15号が通過した。恐れていたことが現実になってしまった。今朝、確認しにいったところ、無残にもすべて倒伏していた。昨晩の暴風雨のことを考えると当然の結果といえるかもしれないが、いままでの苦労のことを考えると何とも空しい。父いわく「半分も米にならんなぁ」とのことである。この田の面積10,000uは、全耕作面積の5分の1に当たり、経営的にも大打撃である。しかし、他の田は無事であったことがせめてもの救いであった。これからの天候に望みをつなぐしかない。
8月19日(木)
 明日20日は御舘地区の祭りである。祭りには獅子舞と神輿が出る。御舘の獅子舞は青年団(30歳まで)が主催で、大獅子(中3以上)と小獅子(小学2年から中学2年)がある。正午に青年団会館を出発し、御舘神社で祝詞奏上の後、神輿といっしょに各家(57戸)をまわる。途中、御舘会館で3回の休憩(宴会)があり、青年団の3割はそこで脱落する。各家をまわった後、最後にまた御舘神社へ戻るが、途中ささやかな花火大会があり、それを見物した後、神社の入り口でに20分ぐらい獅子舞を舞い、やっと入場できる。その後神輿が入場するが、青年団は祭りを終わらせたくないため、神輿を神社の中に入れるのを阻止しようと奮闘し、青年団を引退した人は、早く入れようとせてせめぎ合いが起こる。この攻防が30分ぐらい続き、青年団があきらめて神輿を中に入れた後、神主による祝詞が奏上される。そして最後は、通称「獅子殺し」という獅子舞を舞い、獅子が倒れて周りの人に踏みつけられて祭りは終わりを迎える。終了時間は午前1時ぐらいである。観客等も獅子舞を踏みつけることができるが、青年団の逆襲が待っている。
 押水町は26地区の集落があり、8月中旬から9月中旬ぐらいまでの間にそれぞれの地区で祭りが行われる。(この時期に押水町に来れば、どこかで獅子舞が見られる)その中で御舘地区は先陣を切って行われる。以前は10月だったらしいいが、夏休みを獅子舞の練習に充てるため、8月20日になったらしい。そのため、収穫祭だったものが、収穫祈願祭になってしまった感がある。本当は収穫も終わり、ほっとした涼しい時に日本酒を飲みながら祭りを楽しみたいものである。
 今日、祭りの招待のメールや電話をした。全部で17人。ほとんど押水町内の人であるが、私もそれぞれの地区の祭りに招待されることになるため、これから、祭りがほぼ毎日のように9月中旬まで続く。皆これを通称
「死のロード」と呼んでいる。この期間中は、料理はオードブルがほとんどのため、だんだんと飽きてくる。また、メンバーもほとんどいっしょなので、だんだんと会話もなくなる。毎日のように飲むため、体調もすこぶる悪くなってくるという特徴がある。メンバーの中には、押水町のほとんど地区の祭りに招待されている者がおり、みんなから「神主」と言われている。1日で最高4軒の家をまわったというつわものである。
 祭りも、年に1回のイベントなので、大切にしていきたいと思う。
8月19日(木)晴のち暴風雨
 台風接近中
 台風15号が石川県に接近中である。今晩最接近するとのことである。もう運を天に任すしかない。被害が最小限にとどまることを祈るのみである。台風接近のせいで今日は異常に暑い。金沢での予想最高気温は37度だそうである。それなのに明日は最高気温28度の予想だそうである。この暑さも今年最後になるであろうか。いやー今年は暑かった。昨年までクーラーのきいた事務所でデスクワークが主な仕事だったので、なおさらそう感じたのであろうか。
8月18日(水)雨のち晴れ
 倒伏面積拡大
 昨日の雨により、弘宝米の倒伏面積が3,000uぐらいに拡大した。これで風でも吹こうものなら、倒伏面積は一気に拡大するであろう。そんな折も折、台風15号がやってくるというではないか。台風がもっと日本海側に進路がずれてくれれば助かるのだが。

給水装置
8月17日(火)雨
 やっぱり用水路
 めずらしく雨が降った。今年は雨が少なく、田への水は、ため池からポンプで汲み上げた水を用水路に流して入れた。ポンプを使うと電気料金がかかる。それは、年末に万雑(まんぞう)と呼ばれる地区の税金のようなもので作付面積に比例して徴収される。1反(1,000u)当たり1,000円ぐらいかかるそうである。ポンプにより、多少の水不足は解消できることになった。多少コストはかかるが、10年ぐらい前に起きた水不足による不作のことを考えると、仕方ないような気もする。そのときは水をめぐり数々のいさかいまで起きた。水稲は大量の水を必要とするため、水をめぐっての攻防は熾烈である。
 今年圃場整備された田は用水路がない。田には給水装置が備え付けてあり、ポンプで汲み上げたものを直接田へ入れる仕組みになっている。また、その装置には、自動モードというのがあって、一定の水面になると給水をストップする機能までついており、水稲栽培が工業化された感さえある。しかし用水路がないと何か違和感を覚えるのは私だけであろうか。田に水が必要な時、装置が壊れたり、電気がこなかったらと思うとぞっとする。父に給水装置の値段を聞くと、「1台70万円ぐらいやな」と言う。中西農場には11台も設置してあり、壊れた時が大変である。便利にはなったが、これでは生産コストは上がる一方である。やはり以前のように用水路をメインにして、水不足のときにポンプを使用するのが良いと思うのだが。
8月16日(月)晴れ
 コシヒカリ弘宝米倒伏!
 今年圃場整備された「1町歩田上」のコシヒカリ「弘宝米」が倒伏した。これは、稲が大きくなりすぎて自身を支えることができないため起こるもので、一般的には、肥料のやりすぎによるものである。こうなると茎が折れて養分が穂まで到達しないため、米にならない。圃場整備直後の田には養分が多く含まれていることを勘案し、肥料は普通の田の半分にしたのに、それでも多かったようである。面積にして約2,000uぐらいであろうか、大損害である。まあ、圃場整備最初の年だし仕方ないと割り切るしかない、来年がんばろう。
8月15日(日)
 お盆で姉家族が家へやってきた。上の姉は津幡町に、次の姉は同じ押水町の門前という集落に嫁いでいる。2人とも一姫二太郎の子を持ち、上の姉の子は今年短大生になった。子供の成長は早いものである。下の姉の息子は中学2年だが身長が173cmになり、私が抜かれるのは時間の問題である。野球部のキャプテンをやっているらしい。2家族とも3時ぐらいに来て、9時ぐらいに帰っていった。その間、男性陣はずーっと飲みっぱなし。アテネオリンピックを見ながら、ワイワイやっていた。みんなが帰った後、弘彦が泣いている。どうしたのかと聞くと、もっとみんなと遊びたかったとのこと。仕方がないので、「20日は御舘の祭りやから、またみんな来るよ」と言ってなだめるしかなかった。
8月14日(土)
 家族で墓参りをした。中西家は全部で6つの墓があるので、30分ぐらいかかった。年に1回しか、お参りしないので、もっと頻繁に来れば良いような気もするが、何回も来ると、寝ている先祖を起こすことになって、良くないらしいとのことである。
 近頃めっきり涼しくなった。農業者新聞では、早稲の「ゆめみずほ」の刈り取り時期が25日ぐらいだという。早いものでもう収穫のシーズンである。だんだんと慌しくなってきた。
8月13日(金)晴れ
 今年最後の草刈
 今日で田んぼの畦の草刈が終わった。暑かった。汗が滝のように流れた。田植えと草刈は、稲作でもっとも重労働のひとつだと思う。中西農場では、全部の田んぼの草刈に1週間かかる。(日中は暑いので、朝と夕方に集中的に行う)この時期の雑草は成長が早く、1日で2cmは伸びるようで、ちょっと前に草刈したところでも、あっという間にボウボウになってしまう。3週間に1回ぐらいは草刈しないと大変なことになる。稲刈りまであと3週間ぐらいなので、今回で今年の草刈も最後ということになる。「上農は草を見ずして草をとり、中農は草を見て草をとり、下農は草を見て草をとらず」と言われている。ただしこれは、田んぼの中のことであるから、畦は、本当はこまめに草刈しなくてもよいのかもしれないと思い、父に聞くと「畦に草が生えて風通しが悪くなると病気にかかるし、カメムシが畦の雑草に繁殖して田んぼに侵入するから、草刈は大事だ」と言っている。実際に草刈をした後、田んぼがさっぱりときれいになり、稲も風通しがよくなって気持ちよさそうに思える。父いわく「稲が今何を欲しがっているか、どうしてほしいいか、稲と話ができるようにならんといかん」そうである。まだまだその領域には程遠い私だが、草刈後の田んぼで、気持ちよさそうな稲を見て、やってよかったなと思った。
8月8日(日)
 8月7日(土)と8日(日)石川県民体育大会に参加した。この大会は、市町村対抗で40種目ぐらいの競技を行うもので、私も軟式野球で参加させていただいた。会場は川北町の金沢高校グラウンド。押水町から車で1時間ぐらいでいける距離である。7日の1回戦の相手は能登島町。4対4で抽選の結果辛勝。その後山中温泉で1泊した。押水町は石川県の中心にあり、どこで大会が開催されても2時間以内で行けるので、泊まることなど今までなく、初めての経験であった。なんでも来年、隣の志雄町と合併するので、野球協会の貯金を全部使ってしまおうというわけらしい。ともあれ、夜は派手に宴会。翌日は、ほとんど全員二日酔い。しかも、私に先発ピッチャーの大役が回ってきた。もうすぐ39歳で、体調も悪かったが、気合充分でマウンドに上った。しかしコントロールが定まらない。1回先頭打者に四球、続くバッターに、送りバント、次の3番バッターに左中間の2塁打を浴び、1点献上。次の4番にセンター前ヒットを浴び2点目。2回、3回は3者凡退に仕留めたが、4回に連打を浴び、また1点献上。その直後、監督から無念の降板を告げらた。結局交代したピッチャーも打たれ、5対0で完敗。試合前は、楽勝だと思っていた相手に負け、何とも無念であった。
 これで、私の野球人生も現役生活にピリオドを打つときがきたようだ。中学から26年間。辛いこともあったけど、すばらしい仲間と出会い、楽しい思い出がたくさんできて幸せだったと思う。すごく寂しいが、やっぱり野球をやってきてよかったと思う。
 これからは、後進の指導にあたろうかなぁ。
 
8月6日(金)晴れ
 大豆農薬散布
 朝6時半から休耕田に栽培している大豆に農薬散布した。風もなく絶好の天気であった。しっかりマスクをして父と二人で散布開始。30分ぐらいで終了した。本当は、もっと早くにしなければならないのであるが、今年、久しぶりに大豆を栽培したので、いまひとつ要領がつかめないという感じである。なんでも大豆は、4回も農薬散布しなけらばならないということで、大変なのである。中西農場の大豆は、石川県から、種子として指定を受けたので、これからはちょっと気合をいれて栽培しなければならないと反省した日であった。
8月5日(木)雨のち晴れ
 農道整備作業
 今日は朝8時から、御舘集落の農道整備作業に従事した。本来なら父が出る予定であったが、最近、膝の調子が悪いらしく、前日に「お前が代わりに行け」と言われ、やむなく参加した。作業の内容はというと、農道に点々とあるわだちに砂利を入れ、鍬で平らに均すというもの。毎年1回はしておかないと、農道がガタガタになり、軽トラックや、トラクターが通りにくくなってしまうので、集落が主体となって行う事業である。炎天下のもと5人で作業した。みんな年配の方ばかりであるが、皆さんタフであった。話を聞いていると、やっぱり作物にすごく詳しい。米のみならず、大豆、イチジク、柿、桃、メロンまでも栽培方法その他いろんなことを知っているのである。まだまだ勉強不足の自分を痛感した日であった。
コシヒカリの産直中西農場 8月4日(水)
 もうすぐお盆なので父に墓掃除をしてこいと言われ、草刈機や鎌を持って出かけた。行ってみてびっくり、竹だらけ。昨年まではそんなに気にかからなかったのだが、どうもこのままでは日当たりや風通しが悪い気がして、この際切ってしまおうと決意。ホームセンターへ行き、のこぎりを買い、いざ出陣。直径15cmぐらいの竹を10本ぐらい切り倒した。本当によく切れるのこぎりだった。

 しかしここからが大変。奥まで引っ張っていくのが大変。息も切れ切れに苦労した。 おかげですっきり見違えるようになった。
 この墓は、戦死した祖父の弟のために曾祖母が建てたもので、墓の前にあるつつじも曾祖母が植えたものである。左側の小さい墓はもう一人の戦死した祖父の弟のためにと、30年ぐらい前に父が建てたものである。
 手入れをしないので伸び放題、荒れ放題。たましか掃除をしないので、こうなるのも当たり前。
 しかし、今年は見違えるほどきれいになったと自画自賛する私であった。
 中西家は、この2つの墓と先祖代々の墓、その他3つの墓を管理している。その他の墓と言うのは、管理する人がいなくなった古い親戚の墓などである。
 これらの墓は、高さが30cmぐらいしかなく、ほとんどただの石のようなものもあるが、中西家で、これからもずっと守っていこうと思う。
2004年7月
コシヒカリ弘宝米の産直 中西農場
能登最高峰「宝達山」の清流で育てたコシヒカリ「弘宝米」を産直しています
〒929−1323 石川県羽咋郡押水町字御舘ロ36番地  中西弘徳
TEL 0767−28−2481   FAX 0767−28−2049
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